めくるめく雑記帳

生活記録/買ってよかったもの/読書感想

遠野遥『破局』―とにかくいろいろ語りたくなる作品

 

遠野遥さんの『破局』は、芥川賞受賞をされて話題になった当時に読んだのですが、最近また読み返してまた感想を書きたくなったので書きます。とにかく「いろいろ語りたくなる」作品なんですよねこれ。。

※以下、私の推測を多分に含む感想なので、小説の読み方としてはあんまり素直ではないかもしれないです。あくまで「私の目から見るとこう見える」という話しです。※ネタバレを含みますのでご注意ください。

いきなりだが、私の話をします

私は高校生くらいのとき「自分の感情なんて、いっそのことなくなってしまえばいいのに。そしたらもっと効率よく行動できるのに!」みたいなことを時々思っていました。

というのも、私の通っていた高校はとにかく毎日「やることが多い」学校だったから。学校行事が多かったり、定期試験のみならず毎日なんらかのテストがあったりしてうんざりしていたわたしは「どうしてこんなことをやらなくてはいけないのだろう」「何の意味があるのだろう?」「将来何かの役に立つのかな?」といったことをよく思ったものです。

そんなふうに感情が邪魔をして行動が滞るのは「効率がよくない」な、なんて思ってしまったのですよね。目の前の勉強にただただ没頭することができたら私の勉強の成績はもっと上がっていくだろうし、そのほうが効率がよくない? なーんて。

人間が感情を失ったらどうなってしまうのか

その頃の自分の気持ちなどすっかり忘れていたのですが、遠野遥さんの『破局』を読むと、そのころの「感情なんてなくなってしまえばいいのにな」という気持ちを思い出してしまうのです。

何故なら本作の主人公、陽介は、あの頃のわたしが感じていた「感情なんてなくなってしまえばいいのにな、そうしたらもっと効率がいいのに」をまさに実現したようなキャラクターのように思えるからなのだけれど。感情を見て見ぬふりした成れの果て、という感じ。

おそらくだけど、作中の他の登場人物から見た陽介は「イケメンハイスペック」「優しくて礼儀正しい好青年」ということになるんだろうな、と思われる。それはロボットとかAIなんかが「まるで感情を持っているかのように、まるでこちらの言っていることに共感してくれているように見える」のに似ていてちょっと怖かったりもする。

大学4年生である陽介は「公務員になろうとしている」けれど「なんで公務員になりたいのか?」に対する答えを返すことはない。

たぶん「あなたはどうしたいの?」などど聞かれても、たぶんなにを聞かれているのかわからないレベルには、陽介は自分がなにをどのように思っているかわからないんじゃないかなと思う。自分は笑いたいのか怒りたいのか悲しいのかなんなのか。自分の感情が自分でわからない、というのだろうか。

「サイコパス」「人間味を感じない」と呼ぶにはあまりにも人間的

とはいえこの主人公にたいして「人間味を感じない」とか「サイコパス」という感想は、 あまりに表層的に感じるのでもう少し踏み込んでみたい。

むしろ、元々存在していた人間味を麻痺させて自分を律することで、この主人公はここまでサバイバルしてきたのかもしれないな、というような印象を持つのです。そうしないとこの世の中では生き残れないと感じるような出来事が過去にあって、そうなっているのではなかろうか、と私は邪推してしまう。

陽介は麻衣子という恋人がありながら、灯(あかり)という女の子と身体の関係を持つのだけれど、とても興味深いのが、どうやら陽介は「どうしてもそうしたくて」「性欲に負けて」「我慢できなくなって」そうした、のではなさそうだな...?、というところなんですよね。

「良かれと思って」「その場その場における最善の策を臨機応変に熟考した結果」「相手がそのように望んでいると推測されるから」そうしているっぽいのです。

「感情を見えないふりをして考えない練習をしているうちに本当に自分の感情がわからなくなってしまった」のか、そのへんはわからないけれど、

とにかく自分で自分の感情がわからない(自分の感情を見ようとしていない)から、自分の感情も他人の感情もわからないし想像することができなくなってしまった、というのが近いんじゃないかなと思われる。

そんな陽介にも、自分の(おそらく今まで見ないふりをしてきた)感情に気づくチャンスは訪れる。灯に飲み物を買ってあげようとするのだけれどそれが買えなくて涙が出るシーンだ。私はここのシーンがものすごく大好きなので引用する。

私は灯に飲み物を買ってやれなかったことを、ひどく残念に思った。すると、突然涙があふれ、止まらなくなった。なにやら、悲しくて仕方がなかった。しかし、彼女に飲み物を買ってやれなかったくらいで、成人した男が泣き出すのはおかしい。私は自動販売機の前でわけもわからず涙を流し続け、やがてひとつの仮説に辿りついた。それはもしかしたら私が、いつからなのかは見当もつかないけれど、ずっと前から悲しかったのではないかという仮説だ。

私はここを読んだとき「お!??そうだよ、いいじゃん!いいところに気づいたね陽介!!!」っと思ってめっちゃテンションが上がったのですが、陽介はそんな自分の心の動きをやっぱり見て見ないふりしちゃうんですよね。。「悲しむ理由がない」とかいうわけわかんない理由で。なんでよ。いやあのさ、悲しさに理由とかないからね?!!!(怒るわたし)

あと、とにかくすごいのが、この小説の文章って、全く難しい言葉を使ってないのに全然すらすらいかないところが、とてもおもしろいのですよね。

「ん??」「いや、いいよそんな細かいところまで描写しなくても、わかるからさ・・」みたいな気持ちになって、なんか笑ってしまう。一文一文読むごとにいちいち引っかかる感じがものすごい。

そして、あ~この感じは、ぜったい良くないことになるわ・・(だってほらタイトルが「破局」だしね)という方向にどんどん向かう。

とにかく終始、「感情というものがわからない」→「だから、ロジカルに導き出した解答にしたがって行動・発言している」という行動パターンを取る陽介。

その様はまるで、視力が弱い人が点字によって文字を読解するように、後天的に身に着けた「処世術」みたいに見える。

その処世術が、並外れた高い知能と実行力によって、それが周囲の人間からみて殆ど違和感のないレベルにまで仕上がっているだけのことだった。今までは。それが最終的に全部「破局」する。

主人公に訪れる「破局」

「破局」っていう言葉をあらためて調べてみたら「恋愛関係が終わること」だけを指すのではないのですね。つまり今まで「良かれと思って」積み上げてきたものが全部壊れる。具体的には

  • 女性との破局
  • 「このようにしておけば円滑に事を運ぶことができる」と良かれと思って設定してきた「マイルール」が万能ではないという、陽介の内面世界の破局
  • 主人公の社会的評価の破局

といったところだろうか。

これはわたしの推測だけど、あらゆることが「破局」して、陽介はもしかしたら少しほっとしたのではないかな?

「なんていうかさ、すべてが一回ぶっ壊れてからが始まりですよ。ここで、全部明るみにでてよかったじゃん。ね、ここからのあなたの人生は相当ハードモードかもしれないけどさ、すべてが落ち着いたらまあ一回心療内科とかカウンセリングとか行ってさ、まあ、多分だいぶ時間はかかるだろうけど、あなた自身の、本来の感情を取り戻すチャンスかもよ?ね、だから、大丈夫だよ陽介くん。またあなたのその後を聞かせてほしいな」

とわたしは陽介くんにめっちゃ親近感と人間臭さを感じてしまっているので、親戚のおばちゃんみたいな感じで話しかけて終わります・・(誰なんだわたしは)