めくるめく雑記帳

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川上弘美『神様』―異なる存在との共生

短編小説『神様』は、川上弘美さんのデビュー作。

1994年にこの作品で第一回パスカル短編文学新人賞を受賞したことで小説家としてデビューされたそうです。

くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである―四季おりおりに現れる、不思議な“生き物”たちとのふれあいと別れ。心がぽかぽかとあたたまり、なぜだか少し泣けてくる、うららでせつない九つの物語。デビュー作「神様」収録。ドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞受賞。
(Amazonの作品紹介より引用)

性質やルーツが異なる存在(=くま)との共生

まず『神様』の書き出しが、改めてすごいです。

くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて二十分ほどのところにある川原である。春先に、鴫を見るために、行ったことはあったが、暑い季節にこうして弁当まで持っていくのは初めてである。散歩というよりハイキングといったほうがいいかもしれない。

くまは、雄の成熟したくまで、だからとても大きい。三つ隣の305号室に、つい最近越してきた。

ここでもう、心を持っていかれちゃいます。

こうも当たり前のように描写されると「ああそうね、くまが隣の部屋に引っ越してくることってあるよねー、一緒にハイキングにいくのね」としか思えない、この自然さ。

主人公の「わたし」と「くま」の穏やかなやりとりの描写が続くわけですが、川原でふたりは「男性二人子供一人の三人連れ」に遭遇します。

男の片方はサングラスをかけ、もう片方はシュノーケルを首からぶらさげていた。

「お父さん、くまだよ」

子供が大きな声で言った。

「そうだ、よくわかったな」

シュノーケルが答える。

「くまだよ」

「そうだ、くまだ」

「ねえねえくまだよ」

何回かこれが繰り返された。シュノーケルはわたしの表情をちらりとうかがったが、くまの顔を正面から見ようとはしない。サングラスはの方は何も言わずにただ立っている。

(中略)しばらくしてからくまが言った。

「小さい人は邪気がないですなあ」

わたしは無言でいた。

「そりゃいろいろな人間がいますから。でも、子供さんはみんな無邪気ですよ」

「そうだ、よくわかったな」ってコメント、なかなか謎ですよねえ……「くまだと気づけてすごいねー」ってこと?

なんというか「子どもの気づき」のほうに無理やり話題をそらすことで、そこにいるくまの存在について言及することを避けたいのかな、ということが伺えるせりふ。

彼らにとって、くまは「異質」な存在。そこにいるくまの存在についてはノーコメントでいたいというか、「かかわりたくなさ」がよく表れているなと思います。

くまが言う「子供さんはみんな無邪気ですよ」というコメントも、つまり大人で邪気(悪気)がある人にけっこう出会うよ、ということが暗に伝わってきます。

この、見知らぬ親子連れとの描写が入ることによって、主人公と「くま」がいっしょにハイキングをしている光景が、この世界においても少し「浮いている」のであるらしいということ、また、主人公である「わたし」のような人は「くま」にとって貴重な存在なのかもしれない、ということに気づかされます。

「わたし」は、ごく自然にフラットにくまを受け入れているし、こうして誘われて気軽に一緒に遊びにいったりしているし、そのことを何ら特別だと思っていなさそうですが、「くま」にとってはそうではないのかも。誰とでもこうして親しくできるわけではなく、誘っても拒絶されたり、そもそも誘うような関係性にならないのかも……? という状況をなんとなく想像してしまいます。

全体を通して、くまの「わたし」に対するふるまいは、すごく紳士的です。

ハイキングの準備も万端だし「わたし」に対して細やかな心配りをしたり、昼寝をしようとする「わたし」に子守歌を歌ってさしあげましょうか、なんて提案もしたりする。

子守歌なしでも眠れそうだとわたしが答えると、くまはがっかりした表情になった

とあるから、えっ、もしかして「わたし」のために事前に子守歌の練習してたりしたのかなあ……?(だとしたら超健気じゃんか……)それは考えすぎかなあ。

とにかく「わたし」を、貴重な親しい存在として大事にしようとしている「くま」の心情が、よくあらわれています。

なぜ作品タイトルは「神様」なのか?

ハイキングから帰宅後、くまは「わたし」に対してこう言います。

今日はほんとうに楽しかったです。遠くへ旅行して帰ってきたような気持ちです。熊の神様のお恵みがあなたの上にも降り注ぎますように。

部屋に戻った主人公は、眠る前に

熊の神とはどのようなものか、想像してみたが、見当がつかなかった。悪くない一日だった。

ということを思います。

この作品のタイトルは「神様」ですが、神様について言及されているのはここだけです。

なんで「神様」がタイトルなのでしょう?

これは私の考えですが、「神様」って信仰心の象徴であり支えであり、ルーツであり、目に見えないけれど心の中で大事にしているもの、のメタファーなのかもしれないな、と思いました。

この「くま」は人間の世界でいまは生活をしていますが、生物学的には人間とは違う生き物で、人間とは異なるルーツを抱えている存在。

この物語は、主人公の「わたし」の視点で進行するわけですが、相手である「くま」が、心の中で思い描いているもの、なにをルーツとしていて心の支えとなっているものがどんなものなのか、主人公は知らない。想像することができない。

目の前にいる存在と「親しく時間をともに過ごすこと」と「わかりあうこと」の間には深い川が流れているよ、ということを表しているのかな、なんて思いました。

 

表題作をふくむ短篇集『神様』には、全部で九つの短編作品が収録されていて、巻頭の『神様』の続編が、巻末の『草上の昼食』であるという流れになっています。この『草上の昼食』も最高すぎるので、また別の記事でこちらの作品についても書けたらいいなと思っています。

 

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