めくるめく雑記帳

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吉田修一『東京湾景』感想―時代の空気感・信じたいのに、信じきれない恋愛

吉田修一さんの『東京湾景』を久しぶりに読み返した。

初読はたしか、刊行からそれほど間が空いていない頃だったと思う。今回は「2000年代初頭の小説」として、少し距離を置いた視点で読み直した。

「あの頃」の東京の空気感と不変の感情

まず強く感じたのは、2000年代初頭の東京の時代の感じ。

携帯電話はガラケーで、まだLINEとかがないですからやり取りは通話かメール。
CAさんはまだ「スチュワーデス」と呼ばれ、あとは相手を「お前」と呼ぶことにも、どこか令和の感覚だと違和感がありますね。前時代的なものを感じてしまうというか。

ただ、同時に、作品が描いているテーマ自体はまったく古びていない不変のものだなとも思いました。
メインで描かれているのは、「人と関わることへの臆病さ」や「相手を信じたい気持ちと諦めのせめぎ合い」という、かなり普遍的な感情だと思います。

主人公ふたりの、歯がゆい関係

物語の中心にいるのは、携帯サイトで知り合った男女。

このふたりの関係、とても不器用で、正直、読んでいてめちゃくちゃ歯がゆいんだけれど……けれど同時に「わかるなあ」と思う部分も多い。

相手を信じたいけれど、傷つくのは怖いというか。期待して裏切られるくらいなら、最初から期待しない方が楽だ、みたいな。

そう思ってしまう人間の気持ちは、時代が変わっても、変わらない不変のものではないかな、と思いました。

顔も生活もよく知らないまま出会って、お互い、すべてを最初から開示しているわけでもなくて。近づいているようで、どこか少しずつすれ違っていて。

ただし、いろいろすれ違っているんだけれど身体の相性だけは驚くほど良い、というのもリアルだなと思いました。

信じたいのに、信じきれない人たち

「人を信じること」「好きになること」に対して、かなり慎重な主人公ふたり。
彼のほうは、過去の経験から「愛なんていつか冷める」「人間なんてそんなもん」みたいに、どこか諦めたような態度で世界を見ているんですよね。
それでも最後の最後で、残り三割の「信じたい」という気持ちを、どうしても手放せずにいる感じ。

吉田修一さんの描く男性キャラクターのね、こういう、ぶっきらぼうでどこか冷めているようなクールな感じを漂わせながらなんか熱っぽいものを抱えている感じ、めちゃ好きですわ…放っておけない感?

一方の彼女には、「いまの自分じゃない何かになりたい」という欲求があるんでしょうね。ものすごく心が通じ合っているわけでもなく、自分の情報のすべてをさらけ出しているわけではない彼の前にいるときだけは、それが叶う気がしている。
でも(自分の全部を曝け出してるわけでもないくせに)「どうせ人なんてそんなもんだろ」と最初から見切られてしまうのは、なぜかひどく癪に障るという矛盾……
これもねー、わかるなあ……と思います。

「恋人」という、近いようで特殊な関係

思うに、「恋人」としての男女の関係って、特殊なものだなあと思います。
近いようでいて、いつでも壊れうる距離にあるし、嫌われたくないから、というよりも「相手に選ばれなくなるのが怖い」からなのかな?

だからこそ、信じたいのに疑ってしまうし、諦めたふりをしながら、最後の最後では期待してしまうのかなあ、相手が自分を必要とするかどうかが、自分の在り方にも直結する感じというか。

『東京湾景』は、そういう「恋愛関係に特有の不安定さ」を、時代の空気ごとまっすぐに描いた小説なのだと思いました。