めくるめく雑記帳

生活記録/買ってよかったもの/読書感想

佐藤多佳子『一瞬の風になれ』感想―主人公・新二がなぜこんなに「刺さる」のか

最近、再読して改めてどはまりした小説がこちら。

「一瞬の風になれ」。佐藤多佳子さん著。

 

 

本作、2007年に本屋大賞を受賞した頃に一度読んだ記憶があるのだけれど、正直なところ内容はあまり覚えていなかった。
どんな話だったかな、と思って再読してみたところ、これはやばい……。めちゃくちゃ良かった……

「やっば……」「めちゃくちゃいい……」「まじか……」と、語彙力ゼロの独り言をぶつぶつ言いながら、時に震え、何回か泣きつつ読み終えた。

もう、主人公の性格が、めちゃくちゃかっこいい。

未読の方で「爽やかなスポーツ熱血モノが読みたい!」というテンションの人には、ぜひおすすめしたい。

一方で、そういうテンションじゃない人がどう感じるかは、正直なんとも言えない。

というのも、もしわたしが現役高校生の頃にこれを読んでいたら、高校陸上部に青春を捧げる登場人物たちがあまりに眩しすぎて、「うっ……眩しい(彼らに比べてわたしはなんて薄汚れた人間なんだ……)」とか思ってしまってちゃんと読めなかったかもしれないと思うから。

ただ、本作は「熱血スポーツもの」ではあるけれど、描かれているのは主人公をはじめとする登場人物たちの成長の物語であり、人間関係の話であり、「人がどうやって自分の道を引き受けていくか」というテーマの小説だと思う。

 

※一部ネタバレした上で感想を書いていますので、物語の内容を知りたくない方はこの先はお読みにならないでください

 

神谷新二という主人公が、なぜこんなに刺さるのか

主人公の神谷新二という男は、とにかくタフだ。ハードな練習にもめげないし、前を向き続けるし、努力も惜しまない。着実に結果も出していく。

それなのに、彼はあまり自信がない。

圧倒的な存在感を放つ天才サッカープレイヤーの兄と、天性の才能を持つマイペースなスプリンターの親友。そうした存在と自分を比べてしまい、自分を低く見積もってしまう弱さを、彼はずっと抱えている。「自分はまだ足りない」と、ずっと思い続けている。

彼はどんなにやりきっても、結果を出しても、それでも簡単には自信を持てない。


普通なら、心が折れてもおかしくないと思う。でも、新二は折れない。むしろ、その劣等感を抱えたまま、自信がないまま、迷いながら、周りを気にしながら走り続ける。チームメイトのみんなの人間性をちゃんと見て、みんなの弱さも含めて受け取り、巻き込みながら走っていく。

新二が主人公として読者に「刺さる」のは、「努力すれば自信がつく」という単純な成長物語じゃないからだと思う。

この物語が好きなのは、どんな人にも弱点があり、才能があっても、経験値が増えても、うまくいかない日はちゃんとある、ということを誤魔化さずに描いているところだ。

調子、集中、コンディション、慣れていないこと。人はいつも同じようには動けない、ということ。その当たり前を、この物語は真正面から描いている。

ずっと周りの挙動に影響を受けがちだった主人公が、自分のレースに全集中する瞬間の終盤での描写は、何回読んでも泣いてしまう。
それは、いろいろな試練を乗り越えてきたからでもあるけれど、決して彼が「完璧な人」になったからではないと思う。

「ここ(自分の道)を走るのは、他でもない自分だ」と腹をくくれた瞬間。自分の道だけが、すっと光って見える瞬間なのだと思う。

静かだけど、強い「谷口さん」の存在感

本作「一瞬の風になれ」を読み返して、改めて好きだなあと思った人物が、新二がひそかに思いを寄せる女子、同じ陸上部の同期、谷口さんだ。

彼女は静かだけど強い。随所に描かれる谷口さんとの恋愛的な要素の断片的な描写も、とてもよい。

谷口さんとの最終的な関係性は、最後まではっきりとは描かれない。だからこそ、想像の余地があっていい。

というか、このふたりがきっと、物語の先で付き合うであろうことは、ほぼ間違いないと思っているけれど……。

谷口さんは派手さはないし、人見知りで、不器用で、感情を大きく表に出すことも少ない。でも彼女は、ちゃんと人を見ているし、きちんと自分の言葉で自分の選択をする人だ。

主人公の新二が、大きくメンタルが崩れてしまう場面で、周囲がどう声をかけていいかわからずに距離を取っている中で、真正面から声をかける。谷口さんは、新二を救おうとしているわけじゃなく、ただ自分が感じていることを、自分の言葉で差し出しているだけだ。

谷口さんの強さは、声の大きさでも派手さでも言葉の巧みさでもなくて、相手からどう思われるかよりも「いま言わなきゃいけないこと」をちゃんと選べる強さだと思う。

だからこそ、主人公が無意識のうちに、自分の弱さやコンプレックスを話してしまうのも納得がいく。

「憧れ」と「好き」は、たぶん別のもの

谷口さんには、陸上を始めるきっかけになった「仙波くん」という憧れのスター選手がいる。新二は、谷口さんは仙波くんのことが好きなのだろう、と思い込み、自分の恋愛は成就しないものだと考えている。

そのため、新二は「インターハイが終わったら、谷口に気持ちを伝えて玉砕するつもりだ」と発言する場面がある。

でも、「憧れ」としての存在と、「恋人として付き合いたい相手」、つまり一緒にいたいとか、なんでも話したいとか、心の奥まで入り込んで支え合える存在、というのは、まったくの別物だと思うんですね。

新二なら、インターハイが終わったら、宣言通り真っ向から気持ちを伝えるのであろう。
そして、人見知りで決して器用ではない谷口さんが、物語終盤の時点で、一番心を大きく突き動かされていて、支えになっていて、最もリラックスして自分の内面を話せる男子が誰なのか(いや、新二以外おらんやろ……!)については、読んでいれば自然と伝わってくる。

そういう妄想を膨らませる余地があるところも含めて、とてもいいなあと思う。

 

漫画版も読んでみた

本作は漫画版もあるということで、こちらも読んでみた。
こちらはダイジェスト感がありつつ、また違ったよさがある。小説版のエッセンスがうまく集約されていると思う。
個人的には、各登場人物のビジュアルは思っていたのと違ったけれど、主人公・新二の見た目は、比較的イメージに近かったかな、と思う。ぱっと見チャラそうに見えたりヤンキーみたいに見えたりするけれど芯が合って熱い男、という。