めくるめく雑記帳

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川上弘美『離さない』―中毒性とはこういうことだ

 

 

川上弘美さんの「神様」は大好きな短編小説集で、もう何回も何回も読み返しているのですが、最近あらためて収録作品のひとつ「離さない」を読み返したら度肝を抜かれてしまいました。

 

くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである―四季おりおりに現れる、不思議な“生き物”たちとのふれあいと別れ。心がぽかぽかとあたたまり、なぜだか少し泣けてくる、うららでせつない九つの物語。デビュー作「神様」収録。ドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞受賞。
内容(「BOOK」データベースより)

 

全体として、いわば「大人のためのおとぎ話」といった印象の作品が並ぶ本作品集なのですが、収録作品のなかで、この「離さない」だけ異色を放っているのです。

わたしはこの作品集を「心がざわついたときに手に取る本」「心が温まったり切なくなったりして、非日常のなかで忘れていた大事なものを思い出させてくれるような本」といった位置づけでとらえていたので、「この話だけちょっと不気味で怖い」と思って読み返すことを避けがちでした。ホラー映画とかあんまり見れないタイプなもので……

いやー、しかしこれが、あらためてすごい。

聞いたところによると、高校の現代文の教科書にも採用されているとか。

うん。載せたほうがいいよこれ。(だから載ってるんだってば)

 

「中毒性のあるなにか」に振り回されるひとたち

このお話には「人魚」と「四六時中、人魚のことばかり考えてなにも手につかなくなってしまう人たち」がでてくる。

それだけ言うとほんとうに意味不明ですが、これがまあ、絶妙な塩梅で物語になっているのです。

ここでの人魚は「中毒性のあるなにか」の象徴でしょうか。

中毒性のあるなにかに執着して、本人が気づかないうちに精神的に支配されていくさま、もうこれは生活に支障をきたすから絶つぞと意志を強く持ってても、気が付いたときには前に決めた決意がゆらいで目の焦点があわなくなる感。「意思の力」が意味をなさない感じ。

なんだろ、わかるー! この感じ、既視感がある! と思いました。人魚に夢中になったことはないけど。

そして「執着」を手放したあと「いったいあれはなんだったんだっけ……?」とあとから振り返る感覚なんかも、とてもリアルです。

これがもし社会派小説だったら、もっと現実的な中毒性のある具体的なもの(お酒とかたばことか嗜好品とかドラッグとかギャンブルとか盲目的な恋愛とか性的なものとか?あと犯罪とか「人を憎む心」とか「劣等感」とかもある意味そうなのかな?)の話が、もっと直接的に出てくるのかな。

ここで「人魚」という設定を使うのがなんとも絶妙です。

なにかの中毒になった人って、中毒になってない外側にいる人間からみたら「なぜそんなに生活を破綻させてまでそれに執着するんだろう?」みたいに映りがちですが、その意味不明さも、「人魚」という設定を使うことで婉曲的に描かれていると感じました。

そうそう、ここで「人魚」という設定が絶妙だなーと思うのが「半分は人間、半分は魚である」ということ。

最初は人魚自身に意思があるのかないのかはっきりしないのですが、終盤で人魚の方から「離さない」と明確に意思を言葉にしてくるところ、じわじわと怖いです。

「うわあああ、あんた人間の言葉しゃべれたんか! そうか! そういえば、魚のようにみせかけて半分人間だったんだっけね!?」みたいな。笑 鳥肌がたちます。

我々の生活にひそむ「中毒性」や「執着」も、戦略的にコントロールされたものかもしれない、つまりどこかの誰かがあえて執着、依存させようと意図的にやってるものがいろいろありそうです。こわーい!

生活の中にひそむ、なんらかの中毒性に魅入られそうになったら「あ、これは人魚のパターンのやつやんか……」と気づけるようでありたいなと思います。