江國香織さんの初期作品をまとめた短編集「つめたいよるに」に収録されている作品「冬の日、防衛庁にて」についてです。
新潮文庫の「つめたいよるに」裏表紙に書かれた紹介文はこのようになっています。
デュークが死んだ。わたしのデュークが死んでしまった―。たまご料理と梨と落語が好きで、キスのうまい犬のデュークが死んだ翌日乗った電車で、わたしはハンサムな男の子に巡り合った…。出会いと分れの不思議な一日を綴った「デューク」。コンビニでバイトする大学生のクリスマスイブを描いた「とくべつな早朝」。デビュー作「桃子」を含む珠玉の21編を収録した待望の短編集。
最初に収録されている「デューク」が看板作品なのかと思いますが、どの作品もすごい。全作品、短編のたった数ページのなかにすごい奥行きと読み応えが詰まっています。
さいきんまた江國香織さんづいている。娘の習い事待機中にこれを久しぶりに再読してるけど、これはやばい。あらためてすごい破壊力だ……(語彙力)
— めぐみ (@megumi_log) 2022年10月13日
「鬼ばばあ」「晴れた空の下で」「さくらんぼパイ」「ねぎを刻む」がすきですね。#再読 pic.twitter.com/dd0EQgq2xl
ああ「冬の日、防衛庁にて」もいいなあ… (5ページの短編でこの奥行きはどういうことなのか)
— めぐみ (@megumi_log) 2023年11月5日
「修羅場」を予期する主人公たちと、垣間見える価値観
「冬の日、防衛庁にて」は、主人公の女性が、恋人(不倫相手)の妻に呼び出されて、イタリアンレストランで食事をする話。なかなかの攻めた内容に見えますが、まったく攻めた印象を受けないのがすごいところ。そして、たった5ページで構成されているとは思えない奥行き。
事前に、妹と電話で「作戦会議」をする主人公。修羅場を予期した妹は、いろいろとアドバイスをします。
「まず余裕を見せること。清水さんにぞっこんだなんて悟られないようにね。彼があんまり積極的でびっくりしている、くらい言ってもいいと思うわよ」、いわく、「イタリア料理? メニューの選び方で値ぶみされるかもしれないわね。目違ってもティラミスなんてだめよ。ミラノ風カツレツもパス。もう少しすっきりして知的なものにしなさいね。知性は大事よ。相手は専業主婦でしょう? こっちは仕事のできる、キレ者のキャリアガールだって肝に銘じさせなくちゃ」
これから始まるのは「戦い」であり、戦いの場に赴くには「相手に勝つ」必要があるという前提の戦略をたてます。すっかり臨戦態勢で待ち合わせ場所に行く主人公ですが、果たして……? という物語。
ここで気になるのが上記の妹のせりふで垣間見える
- 不倫相手に心底惚れているなんて思われたら弱みを見せることになる
- 「ティラミス」も「ミラノ風カツレツ」も野暮ったい
- 「専業主婦」と「仕事をしている人」では、仕事をしている人のほうが知性(?)がある
みたいな価値観。なんだか恋愛テクニック本とかにありそうな、謎の理論ですね。笑
相手に勝ってやろう! とか、負けるわけにはいかない!、とか思っているとき、その人の中にある「なにを下に見ていて、なにを上に見ているか」という価値観というか、言い換えると「なにをバカにしていて、なにをかっこいいと思っているか」があらわになってしまうということでしょうか。
「自然体」の最強さについて
後半にでてくる奥さんのふるまいについてはいくつかの見方があると思うのですが、わたしはこの奥さん、なんの裏表もなく、ほんとに作戦でもなんでもなく、口に出した通りのことを思ってそうだなーと思いました。
同じ男性を好きになった者同士、一回会ってみたいな、楽しく話をしようよみたいなノリで主人公を誘ったんじゃないのかなあ。そんな気がしてます。
主人公のことも特に悪く思ってないし、夫と別れてほしいとかも特に思ってないんじゃないのかしら。私と夫との夫婦関係には特に影響を及ぼさないわー。人を好きになる気持ちって、いいよね! みたいな。笑
これ読むと、人をバカにしたり、人を負かしてやろう、って思ってるうちは大事なことが見えなくなるというか、本質からどんどん離れていっちゃうんじゃないのかなということを思います。戦略的になることは時に必要だけれど、それとこれとは別というか。戦略的であることと、人を上に見たり下に見たりすることは別次元のものだというか。
2つのテーマに分かれた作品群
文庫の「つめたいよるに」は、単行本「つめたいよるに」「温かなお皿」の2冊がまとめられています。
「つめたいよるに」は、生と死、生まれ変わり、時間の流れといったテーマの作品集、
「温かなお皿」は、食べ物にまつわる物語をまとめた作品集。共通したテーマのもと、様々な人間模様が切り取られるところがいいですねえ。
「冬の日、防衛庁にて」は「温かなお皿」に属する作品なんですよね。食べ物の描写が絶妙なのがすばらしい。
これ読んでいるとイタリア料理が食べたくなってしまうなあ。