めくるめく雑記帳

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江國香織『流しのしたの骨』―家族って独特だよね

この前Twitterを見ていたら 「#名刺代わりの小説10選」というハッシュタグがあったのでやってみました。要は自分の好きな小説を10作品挙げるというものです。
これ、他の方が挙げている作品名・作家名をみていると「そうそう、その小説も気になっていたんだよね」ということを思い出したりとか、自分と読書の趣味が近そうな人が挙げている、自分が読んだことのない作品を読んでみたくなったりして面白いなと思いました。
で、自分の好きな小説ってなんだろう?と振り返りながら思ったのが、私は今まで読んで好きだなと思った小説も、何がどう好きでどう面白かったのかをすっかり忘れてしまってるものも多いんですよね。
ふだんから何か面白いものに出会っても「ああ面白かった」で終わりがちなので、感想文というか「どんなところがどのように好きだと思ったか」というのを走り書きでもいいので書いておいた方がいいのかもねと思いました。
というわけで、最近よく読み返す、江國香織さんの『流しのしたの骨』について書き残しておきたいと思います。

これ、私は江國香織さんの「家族を描いた小説」の中で最高傑作なのではないかと思っています。

なんというか、子供の時って、友達の家に遊びに行くと「へえ~!」と思うことが多かった。

  • 「〇〇ちゃんの家にはこんなルールがあるのか」
  • 「〇〇ちゃんのお母さんてこんなこと言うのか、うちのお母さんだったらこういうことは言わないだろうなあ」
  • 「〇〇ちゃんは学校ではこうだけど、家族の前ではこんな感じなのか」

みたいに、外から見ていた時はわからない「文化の違い」が、家の中に入ることによって垣間見えるんですよね。

『流しのしたの骨』を読むと、この「友達の家に遊びに行ったみたいな感じ」を得られるよなあと思う。

物語の中で、主人公の家族の風変りなエピソードがいろいろ出てくるのだけれど、それらを追体験することで「そうそう、家族って、閉鎖的ゆえにちょっと変な文化が形成されがちだよね!」ということを思い出すことができるのです。

世の中に「一般的なもの」なんてなくて、外から見て「普通」に見えるものも蓋を開けてみるとどこかしら変だったり、そのコミュニティに所属する人しかわからない独特の文化があったりするよなと思います。

一見「家族の面白いエピソードを淡々と楽しむ美しい小説」に見せかけつつ、全然それだけではないところも好き(タイトルの『流しのしたの骨』もそれを象徴しているのだと思う)。「見てはいけないものを見てしまった感じ」がばーんと出てきて思わぬところに連れて行かれるのです。

例えば、タイトル『流しのしたの骨』にも由来している、以下の部分。

「ねえ、こういうものはどうするの?」
流しの下の扉をあけて、しま子ちゃんが怪訝そうに訊いた。そこにはそよちゃんの手製の、梅酒の大壜が一つにジャムの小壜二つ、にんにくのしょうゆ漬けやらピクルスやら、他にも得体の知れない壜詰めがいくつもならんでいた。
「…そうねえ」
扉の裏は包丁さしになっていて、いろいろな包丁がぶらさがっている。扉のなかは暗く、屹立した壜のわきに水道管がとおっていて、寒々しく、不穏な感じだった。私は目をそらした。なんとなく、みてはいけないもののような気がした。
(江國香織『流しのしたの骨』本文より引用)

この「開けてはいけない蓋が開いちゃう感じ」って、家族をつくることや、夫婦関係を結ぶということをどう捉えるか、というテーマにも繋がっていると思う。

家庭において「妻という役割」や「親としての役割」など、なんらかの役割を果たそうと思うと、本来の自分自身に蓋をする瞬間というのがでてくる、というのはよくあることかと思います。自分に蓋をして家庭を平和で明るい場所にしよう!と奮闘してみるものの、やっぱり隠せない暗黒面というものがある。そのことが物語の端々から浮かび上がってくるようなところがホラーっぽくて好きだな、と思います。
あと、主人公の恋人である「深町直人」が、とてもいいのです。
主人公は「うちは他の家とは違うんだな」ということはたぶん何となくわかっていて、自分のことや自分の家族の話を他人にすると「変わってるね」と言われることにも慣れている。
でもこの恋人「深町直人」が主人公の話を聞くときの反応が、すごく肯定的かつ客観的なんですよね。優しいのだけれど余計なことは言わないというか。こんなん惚れてしまうよね!と思う。
長編小説だけれど、ぱらぱらと気になったページを読み返すだけでもその都度楽しめる、味わい深い作品です。