めくるめく雑記帳

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江國香織『綿菓子』―理想はほどけてやがて矛盾の愛に溶ける

『綿菓子』は、江國香織さんの作品の中でも、かなり好きな中編小説です。新潮文庫「こうばしい日々」にはふたつの中編小説二編が入っていて『綿菓子』は後半におさめられています。

この物語のヒロイン、みのりは小学生。最終章で中学生になるまでの、ゆるやかな変化を描写したストーリーです。

序盤の部分を引用します。

きのう、お姉ちゃんがお嫁に行った。教会で、ウエディングドレスだった。そのあと、ホテルで披露宴があった。お姉ちゃんはあざみ色のドレスをきて、髪に白いバラの花を飾っていた。きれいだったけど、でもそんなの、うそっぽいと私は思った。コーンスープとか、エビとか、ほたて貝とか、ごちそうがいっぱいならんでいたけどおいしくなかったのとおんなじ。
次郎くんは、もう遊びに来ない。夏になったら水泳を教えてくれるって約束したのに。でもそれは次郎くんのせいじゃない。次郎くんは三年間もお姉ちゃんのボーイフレンドだったのに、お姉ちゃんは急にお見合いをして、それから半年もしないうちに結婚してしまったのだ。次郎くんは、もう遊びに来ない。あたり前だと思う。

大人たちの「矛盾した」恋愛を傍観しつつ不満だらけのみのりは「私は絶対にそうはならない」という静かな心の炎をもやしつつ、自分自身の秘めた恋ごころを温めてゆくわけです。

 

ちなみに、わたしがはじめてこのお話を読んだのは、中学生のときだったと記憶しています。

自分が主人公のみのりと同年代だったこともあって「うんうん、わかるよ、みのり……」という具合で共感度合いも高めで同じ目線でストーリーを追っていったのを覚えています。

ですが。ひさしぶりに再読して「こ、これは……!」「これは、読む年齢によってまったく感じ方がかわるわね……!」と震えてしまいました。

幸せそうに新婚生活を語るお姉ちゃんのことも、お父さんとは会話っぽい会話もなく家事に明け暮れるお母さんのことも、みのりには意味不明。

 

しかしストーリーが進むにつれ、意外なエピソードが少しずつ明らかになっていく。

「お姉ちゃんは、なんで次郎くんを選ばないで、島木さんと結婚したのか」
「お母さんは、なんでお父さんと結婚したのか」
「おばあちゃんは、なんで"絹子さん"と親友でいられたのか」

その「意外なエピソード」を頭の中で並べつつ、考察を深めるみのり。でも、いまいち理解できない。

「だれかをほんとに好きになったら、その人のしたこと、全部許せてしまうものなのよ」

という、みのりの祖母の名言も、みのりにはいまいちぴんとこない。

「実体験が伴わないこと」というのは、いくら言葉で聞かされても、理解が及ばないもの。

いくらエピソードだけをかき集めても、ほんとうの理解というものは、自分で体験して、触れて、感じて、そして時間をかけて考えることなくしては訪れないのでしょう。

最終章では中学生になっているみのりが、これからいろんな「実体験」を重ねて変化していくことを予感させて、物語は終わります。

「こんな風に好きな人にコーヒーを飲ませてもらえるのなら、女はすごくすごくいい」
とみのりが思う箇所、みのりが心の中で誓ってきた「私は、矛盾のない恋に生きよう」という言葉との対比に、わたしは心からしびれてしまいました。最高ですね。

江國香織さんの初期作品は児童文学のような文体で、子どもでも読めてしまう読みやすさに仕上がっているぶん、むしろ大人になってから読むとまったく違う視点を与えてもらえる物語だなあと思ったのでした。